2019年9月1日日曜日

小沢駅

函館本線小沢駅には大きな魅力が2つある。一つは「トンネル餅」で人工甘味料や人工着色料を一切使わない、甘みのあるお餅。そしてもう一つは古くからの姿をそのまま留める跨線橋である。トンネル餅を製造・販売する末次商会のおかみさん曰く、跨線橋を撮影するために小沢駅へ訪問する人もいるとのこと。価値ある跨線橋は確かにそこにある。

小沢駅は、函館本線の山線区間と呼ばれる長万部~小樽の区間にある。倶知安駅の隣で列車の本数は比較的多いので、訪問しやすい駅といえよう。トンネル餅を販売する末次商会は駅のすぐそばにある。

銀山駅から乗車したキハ150単行の倶知安行きは、稲穂峠を越えて間もなく小沢駅へと到着する。広い構内はここから分岐していた岩内線の名残である。

到着したキハ150からは、私の他にもう一人若者が下車した。

倶知安行き列車はまたここから一つ峠を越えて、倶知安へと到達する。山線はアップダウンの多い、厳しい山岳路線である。

ホームには古めかしい跨線橋が利用者を待ち受けている。

跨線橋の入り口には筆書きの標板が掲げられている。長くここにあるのか、下の方は文字がかすれてしまっている。

側壁はパネルで化粧されているが、屋根を見ればこの跨線橋が如何に歴史あるのかが容易にわかる。屋根をささえる梁もまた古い木材で構成されている。

跨線橋には小沢駅駅員一同と画名の入った、素晴らしい絵画が掲げられている。画才のある方が代表して描きつつも、皆が筆を入れたのだろうか。描かれている神仙沼は共和町を代表する観光地である。

機会を見つけて行ってみた神仙沼。その景色はご覧の通り。木道が整備された森と湿原を歩いた先に神仙沼がある。沼のほとりで過ごす時間はまさに癒やしそのもの。

跨線橋を渡り、駅待合室のある旧一番ホームへと降り立つ。振り返れば木目そのままが見られる跨線橋があった。

旧1番ホームは岩内線が発着していた。それを示す標柱が立っている。

跨線橋から降りる階段の小樽方は、木枠の窓が残っていた。残念ながら跨線橋の階段は倶知安方にしか降りられず、この写真部分は利用することが出来ない。今や短い普通列車のみが発着するのみとあっては、階段は片側で十分なのだろう。

待合室は至ってシンプルでプラベンチが並んでいる。発車時刻表の脇に駅ノートがある。書き込みを見るとトンネル餅を目当てに来る人が多いようで、買うことが出来た喜びが様々な表現で記されていた。私も同じくトンネル餅についての書き込みを完了。

駅前にはたけだ旅館がある。末次商会の女将さん曰く、SLが走るときにはこの旅館は常に満室だったそうだ。C62の復活運行が終わり、C11の運行も途絶えてしまったいま、このあたりを訪れる鉄道ファンは減ってしまったのだろうか。

駅からすぐそばの末次商会のお店。トンネル餅はここで買うことができる。

購入できたトンネル餅がこちら。加えて岩内線のサボストラップや小沢駅の駅名標ストラップも購入。こういったものを見るとついつい財布の紐が緩む。

小沢駅から乗車した列車内で食べたトンネル餅。ほんのり上品な甘さが実に素晴らしい。保存料などは一切使っていないので、消費期限は製造日(買ったその日限り)である。まさに現地でしか食べられない貴重な一品。小沢駅へ行く際には是非とも買いたい一品だ。

末次商店の店内には昔の写真などが多数掲げられている。女将さんはとても話し好きな方で、昔のことをたくさん話してくれた。岩内線の分岐駅ということもあり、駅職員が30人もいた時代もあったとか。

列車の発車時間が近づき、跨線橋を渡ってホームへと向かう。跨線橋から見えたのは美しい青空と広い構内であった。

やってきた小樽行き列車は後ろにキハ150を従えたキハ40 823。キハ40好きとしては先頭車両に乗りたかったが、混雑していたこともあり、後方のキハ150に腰を下ろした。小樽へ向かう列車内で食べたトンネル餅は格別に美味しかった。

2019年8月16日金曜日

銀山駅

函館本線山線に乗車し、然別駅から倶知安方面へ向かうと上り坂が稲穂峠まで長く続く。その上り坂を9割方上ったところにあるのが、銀山駅である。



銀山駅は函館本線の小樽~長万部(通称山線区間)にある無人駅。お隣の然別駅から銀山駅まで一駅で約120mの標高を上がる。

最初にこの駅を通ったのは、家族旅行のときで、当時私はまだ小学生であった。小樽駅から乗車した普通列車はディーゼルカーの5両編成だったと記憶している。乗車したのは後方のキハ27であった。然別駅を出ると上り坂にさしかかり、列車はあえぎあえぎ上っていく。そしてホッと一息をつくように停車したのが銀山駅であった。そのときの銀山駅からの眺めは非常に良く、とても鮮明な記憶として残っている。
いつかは降りたいと思っていた銀山駅。そしてついにそれが実現し、倶知安方からの列車での訪問をすることが出来た。


稲穂トンネルを抜けた列車は下り坂にかかり、まもなく銀山駅へと到着する。


Y字ポイントが見え、銀山駅構内へと入っていく。


この列車の到着を待つ乗客が一人ホームで待っていた。

私が下車し、それと入れ替わるようにして、待っていた乗客が乗車した。見晴らしの良い景色、爽やかな空気、静かな環境と、まさに期待していたものがそこにはあった。

キハ110の相方はキハ40 822であった。キハ40好きとしてはやはりこちらへの乗車を選んでしまうもので、到着直前まで2両目で鉄旅を楽しんでいた。

下り線ホームと駅舎は構内踏切で結ばれている。

駅舎に向かい構内踏切を渡ろうとしたとき、あるモノに気づいた。

踏み板の端にクワガタがいたのだ。真っ昼間にクワガタに出会えるとは幸運なものである。ミヤマクワガタだろうか。

列車に踏まれては危険と思い、お節介ながらクワガタ君を棒に捕まらせて線路内から移動させた。駅巡りでクワガタに出会ったのはこれが始めて。銀山駅の周囲には豊かな森が広がっているようだ。

銀山駅から倶知安方を見る。線路はここからまた稲穂峠へと向かって急勾配が続く。過去には写真左側に貨物ホームがあったようだ。


上り線ホームの小樽方はホームが板張りとなっている。これはポイントが高い。下りホームはアスファルト、上りホームは砂利ホームと一部板張りホームと、3種のプラットホームを持つ。実に珍しい駅である。

 
上りホームの小樽方の端まで来ると「ホ」と「ゼ」という記号の標識が立っていた。この記号が何を意味するのかはわからない。さび具合から見て、相当昔から立っているようだ。

駅舎内には昔からあると思われる木製ベンチがある。そして壁には駅ノートの書き込みがタイプされてメッセージボードのように貼られていた。

思い思いのメッセージには、この駅を良く思う内容が多数見られた。

駅は高台にあり、銀山の集落は下の方にある。ここからの景色には癒やされる。

草木が伸びているが、銀山の市街やその周囲を遠望できる。

やがて、倶知安行き下り列車がやってきた。

この列車に乗って銀山駅を後にする。

銀山駅からの乗客は私の他にもう一人いた。混んでいる車内に入り、デッキから駅を見送る。良い駅だった。季節を変えて再訪問してみたい駅である。


2019年6月16日日曜日

和田岬線 103系乗車記

兵庫県神戸市の兵庫駅から分岐して、2.7km先の和田岬駅へと至る支線は、山陽本線でありながら「和田岬線」という通称のほうが定着している。


実際に兵庫駅の専用改札口には「和田岬線のりば」と示してあり、JR西日本は半ば公式的に通称を用いている。たった一駅区間の通勤需要に特化した路線とあって、独特なダイヤと改札形態をとっている。


神戸市営地下鉄を利用して朝の和田岬駅へとやってきた。終着駅らしく車止めがある。


兵庫駅からの列車がやってきた。貴重になってきた103系である。2019年現在、スカイブルーの103系は和田岬線のみで運転されている。103系はここが最後の活躍場所になるかもしれない。

特異な路線のためか、これまでの車両運用も貴重かつ独特で、旧型客車の定期運用が最後まで残っていたのは和田岬線である。その後、キハ35が運用に入り、2両1組の編成が4本使われていた。このキハ35の編成は、2両の内兵庫側の1両をトレーラー化した「1T+1D」という構成で、ディーゼル列車としては極めて非力な編成であった。2両の車軸8軸のうち、たった1軸のみが動軸として180馬力のエンジン動力を伝えていた。


列車が到着し、通勤客がどっと降りてくる。通勤路線らしい風景だ。写真右側は空きスペースとなっているが、これは客車列車時代に機回し線があった名残である。時代は移り、機関車に余裕が出てきたのか、機関車の付け替えは取りやめになり、前後に機関車をつけたプッシュプル形態となった。

ほとんどの下車客は前方の出口へ向かう。下車客が去ると、全く以て雰囲気が変わる。兵庫行きへの乗客はほとんどおらず、ガラガラの103系がドアを開けているだけの状態となった。

和田岬駅に駅舎は無く、簡素な上屋があるだけ。

和田岬駅の時刻表は極めて特徴的だ。潔いほど朝晩の通勤輸送に特化していて、日中の列車は一本もない。

多数の通勤客を降ろした103系はほっとしたかのように、和田岬駅に佇む。

103系には扇風機が残っている。扇風機自体や取付け形態を見ると車両の歴史を感じさせてくれる。

スピーカーも国鉄車両ならではの様式。同様のものは、115系300番台や、台湾の日本製客車で見られた。昭和40年代~50年代製造の車両に備えられている。網棚の支えが白く塗られているのも特徴である。

乗車したのはモハ103-389。1970年生まれで2019年現在、実働49年にもなる。これからも活躍を続けて欲しいものである。

大きく右に曲がると、まもなく兵庫駅へと到着する。距離にして2.7km。歩くには遠い距離であり、バスでは旺盛な通勤需要を満たしきれないだろう。こういったことから和田岬線の存在は大きく、営業黒字なのだそうだ。

兵庫駅へと到着した103系R1編成。和田岬線専用ホームに発着する。ここには機回し線が残っている。これは和田岬線の途中にある川崎重工兵庫工場から発送される新造車両を牽引回送するために残っているようだ。

列車は折り返しの和田岬行きとして発車を待つ。朝も遅い時間となると通勤客はまばらとなる。

和田岬から乗車する場合、きっぷは兵庫駅で買うことになる。一駅路線だからこそのシステムである。

JRの在来線通しの乗換にもかかわらず和田岬線乗り場には自動改札機がついている。

たった一駅とはいえ、特異性満載の和田岬線。いつでも行けそうで中々行けない路線なので、神戸近辺に行くときには乗車しておきたい路線である。

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