[読み] かぶとぬま
[路線] JR北海道 宗谷本線
[隣駅] 勇知(5.8km)←兜沼→(15.0km)豊富 kmは営業キロ [位置] 北海道天塩郡豊富町兜沼
45.2203794N,141.6966765E
かつて北海道の特急車両は先頭車の前面貫通路まで立入がOKであった。3月のある朝、稚内駅から朝の特急「宗谷」に乗車した。貫通路から広がる道北の前面展望を楽しみながら、列車は抜海、勇知を通過し、やがて兜沼駅へ差し掛かった。雪化粧に包まれてた構内はどこか趣のある雰囲気に満ちていた。構内を通過する数十秒程度であったが、その光景が妙に印象に残り、「いつかこの駅に降りてみたい。」そう思ったことが、兜沼駅を訪れるきっかけとなった。
兜沼駅は北海道豊富町の発祥の地とされる場所にある。利用者が減少し、2021年4月からは豊富町が駅の維持費を負担する「町管理」の駅となった。JRの駅としての姿を残しながらも、地域の支えによってその存続が図られている。
天塩中川から乗車した朝一番の稚内行には、私の他に鉄人2名という全員旅行者であった。列車は問寒別を過ぎ、糠南駅へ向かっていく。
鉄人2名は、糠南駅で下車。この駅の雰囲気は他の駅を一線を画している。板張りホームと物置待合室、そして周囲の牧草地という風景が何ともいえず魅力的で、来る度に降りたくなる衝動に駆られる。今回も、糠南駅に停車しておりたくなる気持ちが湧いてきた。しかし、ここで降りると兜沼駅への訪問が出来なくなるため、ここは我慢。
糠南を出て、車内に残る乗客は私一人。20mの広い車内を独り占めする貸切状態である。これほど贅沢な時間があるだろうか。
糠南を出て雄信内信号場へ向かうこの区間では、列車は眼下に流れる天塩川を眺めながら進んでいく。宗谷本線の中でも特に印象に残る秀逸な車窓のひとつだ。窓を開けて夏の北海道の風を浴びながら車窓を楽しむ。
旧雄信内駅こと、雄信内信号場へ到着する。列車はここで上り普通名寄行と交換するため、しばしの停車。通常ダイヤだとすぐに交換して発車のはずが、この日は対向列車が遅れて図らずも15分も停車することとなった。先を急がない旅をしていた私にとっては好機で、雄信内をじっくり観察する時間を得たのだった。
かつてはここに立派な木造駅舎があった。抜海駅と並んで道北の巨頭とも呼ぶべき木造駅舎であったが、2025年3月15日を以て営業を終え、そして駅舎も撤去されてしまった。
こちらが在りし日の雄信内駅。大きな木造駅舎は風情たっぷりで、停車時間には多くの旅人がホームに降りて列車と駅舎を撮影していた。2番線のホームは残っているものの駅名標は撤去され、枠だけが空しく立っていた。駅としての役割を終え、信号場であることを実感した光景であった。
15分ほど遅れてやってきた上り稚内5:22発名寄行。信号場を通過することなく、律儀に一旦停車してから発車していった。
雄信内を出て、次の幌延駅までは距離がある。ここで前日に札幌駅で買ったサンドリアの一番人気、ダブルエッグサンドを食する。なるほど、これは評判になるわけだ。スクランブルエッグ部分が柔らかすぎず、程よく具として存在感を持っている。また味付けも濃すぎず、かといって物足りなさもない。卵の風味が生きた実に絶妙な味わい。札幌駅を利用するときは、またこれを買おう。
サンドイッチを食べ終える頃、列車は幌延駅に到着した。ここで、いかにも「鉄人」といった雰囲気の中年の男性が1人、そして地元の高校生4人が乗車。私を含め、車内の乗客は6名となった。ところで、この列車はすでに15分ほど遅れている。そのため、豊富駅で交換する予定だった上り「サロベツ2号」を幌延駅で待ち合わせることになり、ここでも15分ほど停車することに。せっかくなのでホームへ出て、久しぶりとなる幌延駅の光景を楽しむ。結局、幌延駅を発車したのは7時32分。定刻から33分遅れての出発となった。
幌延から豊富に向けて、列車左手には宗谷本線でも最も広がりのある車窓を眺めることができる。何度通ってもここの景色は良いと思う。そして豊富駅へ到着。ここで15名が乗車。4名は地元の人、11名は高校生。車内が一気に賑やかになった。
次はいよいよ目的地の兜沼駅。前方デッキに出て下車へ備える。
兜沼で下車したのは、私一人。入れ替わりに2人の旅行者が乗車してきた。列車の到着を撮影していたので、このお二方は鉄人だろう。
兜沼駅は交換設備がある。かつては抜海駅にも交換設備があったが、抜海駅の廃止に伴ってその機能も失われた。現在、豊富~南稚内間で列車交換が可能な設備を持つ駅は、兜沼駅が唯一となっている。このあたりは、冬になると地吹雪に見舞われることも多い厳しい地域。そう考えると、ダイヤが大きく乱れた際のことを考えて、旧抜海駅の交換設備は残しておいたほうが良かったのでは……と直感的に思ってしまう。一方で、交換設備を備えた駅を維持するには、冬季の分岐器管理に人を常駐させなければならないなど、大きな手間とコストがかかる。必要最小限に絞って維持していくという考え方は納得できる。
1番線と2番線は構内踏切で結ばれている。広い構内を見ると宗谷本線が幹線として長大な列車に対応していることがわかる。
こんな写真が撮れるのも構内踏切ならでは。(渡り板上から撮影) 線路を眺めてみると、枕木がすべて木製で統一されており、なんとも美しい。木製枕木は比較的安価である一方、列車の通行が繰り返されると、次第にレール間隔が広がってしまうことがある。そのため、木製枕木を主体とする路線では、4~5本に1本程度をPC枕木に置き換え、レールの間隔が広がるのを抑える対策が取られることが多い。こういった風景も貴重かもしれない。
兜沼駅はその名の通り、「兜沼」のほとりにある。稚内方面の2番線ホームからは直接兜沼へ向かう小径がある。こちらは後でじっくり探訪するとしよう。
1番線の中心にあるのが可愛らしい駅舎。ホームは砂利敷きである。周囲は非常に静かな環境で自分の歩く音だけが聞こえる空間である。
駅舎の建物の端にはトイレも備えられている。待合室としてはかなり立派な造りだ。ただしトイレは2026年10月1日から使えなくなるとのこと。
待合室には、プラスチック製のベンチが4脚並んでいる。壁面はすっきりと整理され、床もきれいに清掃されている。地元の方々に大切に管理されているのだろう。隅々まで丁寧に手入れされていることが伝わってくる。列車を待つ時間も、ここなら落ち着いて過ごせそうだ。ほっと一息つける居心地のよい待合室である。待合部分はこじんまりとしていて、建屋の半分は保線の方の控室になっているようであった。
ローカル駅には欠かせない駅ノートはベンチ上にあった。2冊のうち、1冊は既に書き込みが一杯になっていて、もう一冊は半分くらいまでの書き込みとなっていた。私も一筆啓上。書き込みの頻度はそこまで高くなかった。
兜沼駅の運賃表。眺めていると、宗谷本線の駅が少しずつ姿を消していることを改めて実感する。駅の廃止が相次ぎ、運賃表には駅番号の「欠番」も目立つようになってきた。
兜沼に停車するのは、上り4本、下り3本の合計7本。稚内方面への通勤通学に便利なダイヤ設定となっている。
1番線の稚内方にあるこちらの建屋は駅関連のようで、中には除雪機が保管してあった。跨線橋のある駅では、階段の下のスペースに置いてあることが多いのだが、跨線橋の無い兜沼駅では専用の建物に収めてあった。 私が次に乗車するのは11:02名寄行なので、3時間以上の時間がある。駅を後にして言問(こととい)の松まで行ってみることにした。
兜沼の集落には、郵便局をはじめ、小・中学校や警察の駐在所などがあり、ひと通りの生活に必要な施設がまとまっている。
こちらの建物は「兜沼郷土資料室」。
1902年(明治35年)、岐阜県からやって来た開拓者・梅村庄次郎氏が兜沼に入り、この地が入植に適していることを見極めた。その後、12戸の入植者がこの地に入り、開墾に取り組んだという。兜沼は、こうした開拓の歩みから「豊富町発祥の地」とされており、その歴史を伝える記念碑が建てられている
兜沼駅から言問の松までは3.8km。少し距離はあるが、歩いて向かう道中も楽しみのひとつだ。途中には、美瑛の風景にも負けないような、丘の上にぽつんと立つ一本の木があり、思わず足を止めてしまう。
路をそれて、丘へと寄り道してみる。一本木には近づけないものの、上からは兜沼を遠望するよい景色を得ることができた。
アチャルベシベ道路踏切で宗谷本線を横切り、広大な牧草地の中を進んでいく。非常に気持ちの良い散歩である。
兜沼駅から歩いて50分ほどで、言問の松(ことといのまつ)へ到着した。近づいてみると、なるほど、これは見事な巨木である。名前には「松」とあるものの、実際の樹種は「イチイ」。樹齢はなんと約1200年。イチイは成長の遅い木だというから、これほどの大きさに育ったこと自体、奇跡的ともいえる。道北のこの地域は、冬になると地吹雪が発生する厳しい環境。それでも風雪に耐えながら、1200年もの長い年月を生き抜いてきたと思うと、その姿には一層の風格が感じられる。
幹に刻まれた深い凹凸と独特の質感は、若木では決して表せないもの。長い年月を生き抜いてきた巨木ならではの風格が、そこに凝縮されている。
幹にはしめ縄が掛けられ、ご神木として大切に祀られている。根元に目をやると、長い年月を重ねてきたことを物語る樹皮の表情がまた素晴らしい。幹の力強さと相まって、1200年という歳月の重みを感じさせてくれる。
言問の松と道路を挟んだ向かい側には沼向神社があり、そこでは赤く鮮やかなイチイの実が実っていた。大満足の言問の松への訪問を終え、また歩いて駅へ向かう。
兜沼駅へ戻ってきた。この日は大変過ごしやすく、往復8kmの道のりはあっという間であった。乗車予定の列車までまだ余裕があるので、駅の向う側にある兜沼へ行ってみよう。
駅に貼ってある兜沼公園の案内を見ると、キャンプ場が併設されている公園ということで、夜間でなければキャンプ場宿泊者でなくとも、立ち入っても良いようだ。
兜沼駅の2番線の脇から兜沼公園へと向かうと、少し見下ろす形で沼が見える。兜沼小・中学校を頂点にゆるい傾斜地に集落、駅、線路の順で並んでおり、一番下にあるのが兜沼である。
兜沼への近道は、こちらの地図が分かりやすい。近道は草刈りもされているので、すぐに判別できる。
公園内の道路には「JRかぶとぬま駅」としっかり表示されており、JRを利用する人にも分かりやすいよう、駅への案内が整備されている。
さて、兜沼のほとりまでやって来た。……と思ったのだが、実際には沼と公園内道路の間にブッシュが広がっていて、思いのほか沼を眺めることができない。そんな中、最もよく兜沼を望むことができたのが、兜沼公園キャンプ場の最南端にある「水鳥観察地」と呼ばれるスペース。駅から歩いて15分ほどだろうか。兜沼をじっくり眺めたい方は、ぜひここまで歩いてみることをおすすめしたい。
兜沼から駅へ戻る。11:02発の上り名寄行までのわずかな時間、1番線に立ち、駅の姿を目に焼き付ける。旧貨物ホームと思われる側線にはマルタイが停まっていた。
そして乗車予定の普通列車名寄行がやってきた。しずしずと停車位置を確かめるかのように減速する。やってきたのはこの駅に来るときに乗っていたキハ54 502。南稚内で一休みした後の折り返しの運用となっているようだ。
稚内を10時台に発車する名寄行普通列車。平日の昼前ということもあり、車内はガラガラだろうと思っていたが、意外にも盛況で、21名もの乗客が乗っていた。さらに、同じタブレット端末を手にした小学生が10名ほど、引率の先生とともに兜沼駅で下車した。稚内市内の小学校による社会見学だろうか。約30分後には下りの稚内行列車があるため、ちょうどよい滞在時間が確保できるのだろう。普段は静かな兜沼駅に、子どもたちの声が響き渡る。地域の足のみならず、そして学びの場として宗谷本線が利用されていることがなんとも嬉しい。短い時間ではあるが、兜沼駅に賑やかな時間が訪れた。