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2025年8月14日木曜日

秩父別駅

[読み] ちっぷべつ
[路線] JR北海道 留萌本線
[隣駅]    北秩父別(2.4km)←秩父別→(5.0km)北一已 kmは営業キロ
[位置]    北海道雨竜郡秩父別町字秩父別
                43.768790N, 141.967728E

留萌本線、秩父別駅には大きな木造駅舎が現役で残っている。以前一度立ち寄ったことがあるものの、その時は深川十字街から路線バスでアクセスし、立ち寄っただけであった。当時の目的が北秩父別駅の訪問と列車乗車だったので、この駅での乗下車は出来ず、いつか列車で来たいと願っていた。

秩父別駅は秩父別町の中心にある。この地域は稲作をはじめとした農業が盛んで、かつては駅が農産物の出荷において、大きな役割を担っていたと思われる。

出発は留萌本線の起点、深川駅。現在6番線は18:10発の列車でしか使用していない。かつては深名線があり、6番線からも多数の列車が発着していた。ここからキハ56使用の列車に乗って朱鞠内駅へ出発したのは良き思い出である。

今回は旭川からの往復で秩父別駅へ訪問。旭川8:10発の岩見沢行普通列車は737系2連でカムイトンネルを快調に抜け、定刻通りに深川駅へと到着した。函館本線の旭川寄りは50系51形、711系、その後721系と3両編成以上の王国であったが、いまや普通列車は737系2連が主体となった。それだけで運べる乗客数なのだろう。

深川駅9:13発の石狩沼田行が4番線へと入ってきた。キハ54 528と元急行礼文用の車両である。元急行用の車両は3両のみしかないので遭遇したら、幸運である。

キハ54 500番台を特徴づける赤いラインは腰回りのみが基本。元急行用にはそれが上側にもある。

ガラガラの車内で9:13の発車を待つ。窓を開けると北海道らしいホーローの縦書き駅名標が目に入る。そのうえにあるキハ1という国鉄書体の票は気動車単行の停止位置だろうか。

キハ54の車内は新幹線0系で使用された転換クロスシートが配されていて、テーブルまで備えられている。

テーブルを引き出して、くるりんぱ。ミニテーブルの登場。

2台のエンジンを震わせて、キハ54 528は深川駅を発車する。駅構内を出ると右に大きくカーブして秩父別方面へと向かっていく。車内は鉄人数名のみであった。

木造駅舎の北一已駅に到着。短くなった留萌本線に残る木造駅舎は、北一已と秩父別のみ。

間もなく秩父別駅。前方デッキに出て下車の準備をする。

雨滴が付く貫通扉越しに秩父別駅が見えてきた。幸いにも雨はほぼ止んでくれており、駅訪問を存分に堪能できそうだ。

秩父別駅で下車したのは自分のみ。他の旅行客は全て石狩沼田まで乗車するようであった。

ホームは砂利形式。風情のある駅舎とベンチがあり、ここでゆっくり過ごせるのは幸せなこと。

駅舎の前に置かれた、鮮やかなブルーのベンチ。板張りの背景と相まって、レトロ感を掻き立てている。

駅名標は交換されたばかりなのか、真新しさが感じられる。

静かに佇む木造の駅舎を彩る、鮮やかなオレンジ色のマリーゴールド。雨上がりのしっとりとした空気の中、花々が生き生きと輝いていた。

風雨にさらされて色が剥げ落ちた木柱や、ひび割れたコンクリートの地面。この駅が歩んできた長い歴史を静かに物語っているかのよう。

待合室は広い。ここには窓口があり、切符や手荷物がやりとりされていたはず。今は当初の目的を終えた台に観葉植物や駅ノートなどが置かれている。

待合室には8席のプラベンチがある。すべてに座布団が備えられ、地元の方の手が良く加わっていることがわかる。

秩父別駅は2025年7月時点で下り6本、上り7本の列車がある。石狩沼田と並んで通学生の利用が多いだけあり、比較的利用しやすい列車が設定されている。

運賃表にある留萌本線はたったの4駅。かつて増毛までの66.8kmの距離をつないでいた線路は、全長14.4kmにまで短くなってしまった。残った区間も2026年3月末日で営業を終える。

駅ノートに訪問の記録を残す。旅行者のメッセージやイラストにはいろんな思いが詰まっていた。

駅舎は板張りとなっており、大変風情がある。駅舎本体はかなりの歳月を経ているものの、外板は新調されていた。新しい木材ならではの明るい色調があり、温かみがある。屋根には北海道らしく雪止めが備えられている。

秩父別駅の顔たる出入口には手書きの味わいある駅名版が掲げられ、利用者を迎えている。

駅前は家屋が多く、秩父別駅利用の通学者が多いのも納得。

折り返しの9:50発4924D旭川行の時間が近づき、ホームへ戻る。石狩沼田側を見ると線路が湾曲しているのが確認でき、かつて交換設備があったことを偲ばせていた。

発車間際になると地元客が一人現れ、私を含む2名が乗車した。さらに次の北一已駅で地元利用客らしき年配の女性1名が乗車した。車内10名の乗客の内3名が一般客、7名が鉄分を含んだ方々であった。

深川駅へ戻ってきたキハ54 528。発車間際になると旭川へ向かう多くの乗客が乗ってきて、ほぼ全ての座席に誰かしら座っている状態となった。

4924Dは留萌本線から函館本線に入り、旭川まで直通する。深川を出るとゴトゴトと分岐線を渡り、特急や貨物の走る大幹線を高速で進んでいく。

キハ54は時速90kmで、カムイトンネルを快調に飛ばしていく。かつて急行「礼文」として走っていた頃も、特に旭川〜名寄間で、2台のエンジンを活かした快足ぶりを発揮していた。

終着旭川へと到着した4924D。函館本線での走りは素晴らしく快調だった。留萌本線への訪問は、これが最後になると思うと少し寂しいが、好きな車両で素晴らしい駅に訪問でき、良い思い出を作ることができた。


2025年3月2日日曜日

あゝ抜海駅

[読み] ばっかい
[路線] JR北海道 宗谷本線
[隣駅]   南稚内(11.7km)←抜海→(8.3km)勇知 kmは営業キロ
[位置] 北海道稚内市抜海村字クトネベツ
              45.316662, 141.644686

2025年3月15日を以て廃止されました。

過去の抜海駅訪問はこちら

大正時代に建てられた木造駅舎の残る抜海駅。駅舎内のレトロな雰囲気、Y字分岐で出来た列車交換設備、周囲の最果て感があり、唯一無二の魅力を持つ駅である。それが2025年3月15日のダイヤ改正で廃止されることになった。廃止される前に最後の訪問をして、抜海駅を目に焼き付けた。



勇知駅で下車後、時折小走りを入れながら、抜海駅へ急ぎ向かう。勇知駅を出たのは6:11。抜海駅へやってくる列車は7:50発だから抜海駅見学時間を含めると7.9kmを1時間程度で歩かねばならない。

跨線橋があり宗谷本線を上から眺めることが出来た。森を貫く線路は実に情緒がある。

途中、踏切が鳴り出してカメラを構えると、特急宗谷がやってきた。折しも曲線のポイントで、中々良い構図となった。

やっとこさ見えてきた、抜海駅。駅近くの踏切からズームで撮影する。Y字ポイント好きとしては、たまらない景色だ。

駅のそばには抜海駅百周年記念之碑が建てられていた。抜海駅を盛り上げる機運は高く、多数の有志が寄付をしたようだ。

走る・歩くを繰り返し、汗だくになりながら抜海駅へ到着。列車の発車まで30分あるので、何とか駅を見学することが出来そうだ。

訪問した9月23日は抜海駅の交換設備が使われる最後の営業日であった。交換設備や2番線の使用を停止するための工事なのか、夕方以降の3本は運休と告知されていた。

かつてと変わらない駅舎内の風景があった。朝日が駅舎内に差し込み、穏やかな雰囲気が形成されている。

駅ノートが備えられていて、私も一筆書き込んだ。

駅ノートはどなたかが冊子化してくれており、既にNo.26まで出来上がっていた。それだけ訪問客の多い駅である。鉄道以外に車で来る人も多いのだが、抜海駅に立ち寄るということはその人の時間を良い意味で割くもので、結果として稚内市での滞在時間が増える、時間が増えれば、食事や宿泊のケースも増えるというものであろう。抜海駅が人を引き寄せることによる経済効果はあったのではないだろうか。

抜海駅の運賃表。2025年3月のダイヤ改正で南幌延、雄信内、そして抜海駅が廃止されてしまう。この3つは素晴らしい駅であっただけに残念である。

抜海駅は下り3本、上り4本の列車が来るのみ。

ホーム側の出入り口が2重になっている。朝日が差し込んで大変暖かかった。

JR北海道のロゴ。

"ばっかい"とは何と響きの良い名称だろう。この駅名を見ると最北の地へ来たのだなあと実感する。昔ながらの名所案内があるあたりもポイントが高い。

構内踏切からは駅舎と構内を見渡すことができる。青空に木造駅舎が映えている。

2番線ホームから眺める抜海駅舎。ここから見る駅舎が最も良い。

2番線の営業はこの日で最後。棒線化される前に訪問が出来て良かった。私の他に数名の方が駅に来ていたが、皆さん良い人達で、それぞれが抜海駅の最後を思い思いに過ごしていた。

サンゴのようなもので、描かれた抜海駅のボード。長年の風雪・雨に晒されたせいか、一部が剥がれてしまっていた。

乗車する稚内行き普通列車がやってきた。この時列車は7分遅れていて、結果的に滞在時間が30分から40分弱へと延びた。お陰で抜海駅を思い残すことなく堪能することが出来た。

一人が下車し、自分の他にもう一人が乗車した。

抜海駅の乗車整理券を写真に残す。次に下車する南稚内で料金精算とともに整理券が回収されるため、写真に収めなければならない。

最後に抜海から南稚内の車窓を動画に残す。利尻山が見えるのは1:04頃から。

2023年7月8日土曜日

止別駅

[読み] やむべつ
[路線] JR北海道 釧網本線
[隣駅]   浜小清水(5.7km)←止別→(11.5km)知床斜里
kmは営業キロ
[位置] 北海道斜里郡小清水町字止別

釧網本線「止別駅」は風情のある木造駅舎に、ラーメン喫茶"えきばしゃ"、さらに流氷の時期に駅裏手の林を抜けて海岸へ出れば、感動的な流氷の風景に圧倒されるなど、魅力溢れる駅である。網走~知床斜里で下車するなら止別駅が間違いなく一番のオススメ。静けさ、美味しい食事、海岸の景色と3拍子揃った駅である。

止別駅は国道から離れており、大変閑静な場所にある。駅の裏手にはオホーツク海が広がっている。止別から知床斜里は線路と海の間には人工物が少ないので、釧網本線随一の車窓区間である。

藻琴駅から乗車したキハ54釧路行きは、途中の北浜駅で多くの観光客を降ろし、斜里へと向かって走って行く。写真は夏季営業駅の原生花園駅を通過するところ。

そして目的地である止別駅へと到着する。線路は構内前後で湾曲しており、過去に交換設備があったことを窺わせてくれる。

15:42定刻通りに止別駅へ到着。下車したのは私とJ氏のみで、乗車客はなかった。

駅員が配置されていた時代からの趣のある駅舎が現役。運転取扱のスペースはラーメン喫茶えきばしゃが入っており、この駅には常時人が居る。ここのラーメンも訪問の楽しみの一つである。

駅の出入り口には立派な駅名標が掲げられており、利用者を出迎えてくれている。主要道路から離れているので、駅前は極めて静粛だ。

駅舎内は多様なものが並んでいて中々賑やか。えきばしゃでは美味しい牛乳を飲むことが出来るためか、お店の入り口にはミルク缶のオブジェが置いてあった。

一際目を引いたのがこの座席。簡易リクライニングシートだろうか?今や簡易リクライニングシートのある車両は絶滅してしまったかと思いきや、何と東武鉄道のSL列車大樹で使われる14系客車が現役で簡リクを備えているらしい。初めてこのシートに座ったとき、背もたれが戻ってしまうぞ?と不思議に思ったものだ。183系基本番台のさざなみが最初の簡リク経験だった。

止別駅の発車時刻表。今回は15:43の列車で到着し、16:56の列車で出発する予定で、1時間13分の滞在時間がある。えきばしゃでの休憩と駅周辺の散策にはこのくらいの時間は欲しいところで、止別駅への滞在時間がこの日の予定のキーとなった。

らーめん喫茶だけにラーメンがメイン。有名なのはツーらーめん。チューシューとねぎ、2種類の具があるのと、通をかけてツーらーめんと名付けられている。

やってきましたツーらーめん。ううう、これは美味しい!塩ベースのスープが癖になる味わいである。ネギとチャーシューとの相性もバッチリで、これを書いているだけでまた食べたくなってしまう。つい先ほど藻琴駅でカツカレーを食べて2時間しか経っていないというのに美味しく感じるとは本当に美味しいのだ。

J氏がオーダーしたのはジャガイモ街道(牛乳・バター付)。少し分けてもらったが、このジャガイモには良い風味があって、バターとの相性が最高であった。またこの牛乳がクセが無く非常に美味しかった。ツーらーめんとジャガイモ街道で満腹of満腹になってしまったが、大満足の食事となった。

店内は、カウンター席とテーブル席があり、木材の内装で落ち着ける雰囲気となっている。食事のクオリティーが高いため、自分の中では喫茶というよりレストランである。

店内には列車の着発時刻が示されていて、列車の時間を確認しつつ、滞在することができる。食事をとるならば15:42着の列車で来るのが良いと思う。

食事を終えて、流氷を眺めるべく海へと向かってみる。止別海岸治山の森の中に残るトレースを辿り進む。列車の時間まで限られていたので、ここでは急ぎ目のペースで小走りと歩きを繰り返し時間を稼ぐ。

林を抜けると、その先には荘厳なる流氷の景色が待っていた。

人工物といえば、この風景に溶け込んだ納屋くらいで、あとは一切自然の造形のみであった。あまりに最高すぎる景色で今回の北海道旅行で最も印象に残ったのが止別駅裏手の流氷の景色であった。

傾き始めた太陽のオレンジ色の光を受けた流氷が静かに広がっていた。流氷と海が良い具合の割合で、これぞ求めていた流氷であった。静的な画であったのだが全く飽きない、いつまでも眺めていたい、そんな景色であった。

一匹のキタキツネが駆け抜けていく。冬らしくモコモコの姿は如何にもキタキツネらしい。

列車の時間に間に合うように急ぎ足で止別駅へと向かう。駅から知床斜里側にある第4種踏切。この踏切が海岸への入り口となる。私とJ氏は最初に駅を挟んで逆側の浜小清水側の踏切から海岸を目指したため、少々遠回りとなってしまった。

踏切から止別駅を遠望する。鄙びた駅構内が夕暮れと相まってとても良い雰囲気で佇んでいた。

止別駅16:44発の網走行きがやってきた。この列車を見送って、16:56発釧路行きに乗車する予定である。この両列車はお隣の浜小清水にて行き違いをする。

駅へ戻ると17時へなろうという時間。出入り口のランプが点灯していた。木造駅舎と上品な青背景に白抜文字の駅名板、そして一灯ランプと、ここにはノスタルジーが詰まっていた。

ホームと駅舎の出入り口を除いてほぼ昔のままの姿を留めている。しかもえきばしゃが入っているお陰で人の温もりがある。釧網本線には、藻琴、北浜、止別、川湯温泉と4駅も駅舎内に喫食のテナントが入っていて、そのお陰で無人駅に活気が保たれ、旅行者の滞在を楽しませてくれる。コロナ禍を乗り越えた4駅のテナントが今後も末永く続いてくれることを期待します。

夕暮れの止別駅舎内にはえきばしゃの灯が点っている。単なる無人駅とは違う駅の明るさである。間もなく16:56発の釧路行きがやってくる。

定刻通り、釧路行き普通列車がやってきた。

夕暮れの止別駅へキハ54の釧路行きが到着。

止別駅から乗車したのは、私とJ氏のみで下車客はいなかった。多くの旅行客にこの駅の魅力が伝わり、利用客が増えて欲しいと思う。

止別から知床斜里の車窓の秀逸さは釧網本線随一である。今までこの区間を何回か通ってもあまり記憶に残っていなかったのだが、流氷のお陰でここまで印象が変わるのかという位に今回はあまりにも強い印象を受けた。


知床斜里へ向けて疾走するキハ54の後方展望。この動画を見る度に再び流氷の季節に釧網本線の旅へ出たくなってしまう。


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