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2016年6月3日金曜日

南部縦貫鉄道の思い出

青森県の野辺地と七戸を結んでいた南部縦貫鉄道。これに一往復乗車したときの記録です。

景色もさることながら、レールバスの車内の記憶が強烈に残っています。運転士氏はクラッチ操作をしながら、ギアの進段をして速度を上げていました。また、列車が踏切を通過するときは「ゴー」という音がしていたこと、曲線部分では線路が完全になめらかに曲げられておらず、車体を大きく横に揺らしながら走っていたこと、汽笛が昔のバスのような音だったこと、など他では見られない特徴があったと記憶しています。

乗車当時は経営が厳しかったようですが、列車はワンマン運行ではなく、車掌が乗務して運行をしていました。

当時の乗車記録をここに記したいと思います。


 
出発は七戸駅。
JRのホームから数本の側線を挟んで、
南部縦貫鉄道のホームがありました。

 
乗り換え時の跨線橋から見た南部縦貫鉄道キハ102。
こんな愛らしい車両が停まっていたら、胸躍ります。

 
南部縦貫鉄道の駅舎は何故か「のへぢ駅」となっていました。

 
キハ102は全長10m強とバス的な車体サイズです。
レールバスとは絶妙な呼称でした。
今やレールバスという言葉自体が死語になりつつあります。

 
終着の七戸に到着した、キハ102。
キハ10型の2号機ということだったようです。
この当時は既に途中駅での交換設備は撤去?され、
一両の車両が行ったり来たりするスタフ閉塞状態
であったと記憶しています。


 
七戸駅の発車時刻表です。
列車本数は一日5往復。
野辺地で東北本線の列車と概ね接続していたようです。


 
キハ102の運転席です。
写真中央最下部に見える黒く丸いものが、シフトレバーだったと思います。ローギアは、発車時のほんの一瞬だけで、すぐにセカンドへ入れていました。

 
上り野辺地行きには、地元の学生とおばさんが乗車していました。シートはビニール製でした。

 
車庫にはキハ101と国鉄から来たキハ11(南部縦貫鉄道ではキハ104)、さらにディーゼル機関車が一両休んでいました。キハ11はレールバスと比較すると大型であり、ラッシュ時にはその収容力が威力を発揮したようです。私が乗車した時点では、基本的にキハ101と102だけで運用をまわしていました。最後のさよなら運転のときには、キハ11もその本領を発揮していたようです。

 
午後の七戸駅にたたずむキハ102。
なんとも落ち着く外観です。


 
15:45の発車まで七戸駅のホームに佇む野辺地行き。 午後の日差しを穏やかに受け止めます。優しいマスクに落ち着きのあるカラーリングがまた素晴らしいと思います。


ーーー

おまけ

 
南部縦貫鉄道に訪問の際、「はくつる81号」を利用しました。憧れの583系に乗ることが出来てとても嬉しかったことを記憶しています。下段寝台は広くて快適でした。この列車はサハネの増結編成を含む12両編成での運転であったと記憶しています。

 
583系には青森という表示がとても似合う気がします。
翌朝、目が覚めたときには浅虫温泉のあたりを高速で走行していました。

 
こちらは野辺地駅で見た50系客車です。

 
こちらは花輪線のキハ52。
この写真は十和田南駅であったような気がします。

 
南部縦貫鉄道に乗車した後は、50系の普通列車に揺られて
盛岡まで行きました。途中の長時間停車時に撮った写真です。

 
50系のデッキから眺めた小鳥谷駅。
今はIGRいわて銀河鉄道の駅となりました。

 
三沢の淋代海岸へも行ってみました。
しばらくボーッとして、ここに来られたことに満足しました。


2012年12月15日土曜日

50系客車の思い出

以前、東北にはたくさんの50系客車が走っていました。
1993年1月6日、羽越本線の新津から50系客車に乗って青森まで北上したときの写真をここに載せたいと思います。
当時三脚を持って行かなかったことと、フラッシュの無いカメラで撮影したため、多くの写真で手ぶれが入ってしまいました(悲)。

早朝の新津駅で出発を待つ酒田行き50系客車。

早朝の新津駅で出発を待つ酒田行き客車列車の先頭。
先頭はEF81-140でした。

羽越本線の車窓に映る冬の日本海。

勝木駅へ到着。海が近いせいか、駅名板の枠には錆が目立ちます。

日本海沿いを北上し、酒田を目指します。

酒田駅では次の列車までの待ち時間があったので、
レンタサイクルを借りて日和山公園へ行ってきました。
公園は最上川の河口付近にあります。

9600が保存されていました。

木造の灯台です。退役後に日和山公園へ移築され、保存されているようです。

酒田駅へ戻り、秋田行きの50系客車列車に乗り込みます。

乗車したのは数少ない女鹿駅へ停車する列車でした。
女鹿駅は短いプラットホームがあるだけのとても小さな駅でした。

このとき数人の降車がありました。

酒田~秋田間でも所々で日本海を眺めることができます。
50系は窓際の床に暖房?とそのカバーがあって、
その上に左足を乗せながら、ゆっくり車窓を眺めていました。

列車は貨物列車の追い越しと行き違いのため、小砂川駅で小休止です。
秋田行きの先頭はEF81-143でした。

後続の貨物列車が追い越していきます。
あちらは貨物とはいえ特急列車。こちらは普通列車として道を譲ります。

列車は4両編成でした。

小砂川駅3番線に停車中の50系客車。
現在は3番線が使用されていないようです。

折渡駅へ到着しました。
女鹿駅と並んでこちらも小さな駅です。

複数の方の利用が見られました。

さらに一駅歩みを進めて羽後亀田駅へ到着しました。
ここで小休止。

とても閑静な時間を過ごしました。

秋田駅へ到着。
ここからまた青森を目指して、50系客車列車に乗ります。
列車は青森行きで、ED75-756がエスコートします。

おそらく秋田駅を出発する前の車内から撮った写真です。
結構混んでいていたのを覚えています。

鷹ノ巣駅へ到着しました。
ED75の足の出方を見ますと、ホームの低さがわかります。

鷹ノ巣駅でしばらくの小休止。

オハフ50のテールライトは大きくて目立ちます。

秋田駅発車直後は混んでいたものの、
いつの間にか車内はガラガラになっていました。
前山駅へ到着。

鷹ノ巣駅に続いて大館駅でも小休止。
このとき、「鶏めし」の存在を知らず、ここで駅弁を買いませんでした。
鶏めしを50系車内で食べたら、さぞかし美味しかったことでしょう。

花輪線で活躍するキハ52が横に止まっていました。

秋田・青森県境近くの津軽湯の沢駅で途中下車しました。

県境の山中にあるためか、雪が多かったです。

津軽湯の沢駅の運賃表と発車時刻表。
私が乗ってきたのは、18:01発青森行きです。
次の19:13発までの約1時間をここで過ごしました。

無理を承知で手持ちでバルブ撮影に挑戦。
撮影したのは上り「あけぼの」だったような気がします。

津軽湯の沢駅から最終の青森行きに乗り、青森駅へやってきました。
ここから急行八甲田82号に乗って帰ります。牽引はED75-733。客車は12系9両でした。
混雑を懸念して、指定席を取ったのですが、
車内はガラガラで、私のボックスには誰も来ませんでした。

指定席は機関車次位のスハフ12で、機関車がトンネルに入るたびに
「ピッ!」と汽笛を鳴らしていたのが印象的でした。

ボックスシートでエビ寝をすることが出来たせいか、ぐっすりと眠れました。
空いていれば、2人がけよりもボックスシートの方が寝やすかったと思います。

黒磯駅でEF65-1017にバトンタッチした八甲田82号は
朝10時過ぎに上野へ到着しました。

尾久へ出発するべく、推進運転の準備をしています。

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ここから先は往路、新潟まで利用したムーンライト号です。
当時は165系でした。
これからの旅にわくわくしてしまったせいか、あまり眠れず、
長岡駅での長時間停車では外に出て165系を撮影していました。

乗車したのはクモハ165-137。

冬だったせいか、運転停車した越後湯沢にはDE15とおぼしき
ラッセル車が止まっていました。

おしまい。

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