2022年1月29日土曜日

岳南貨物と富士界隈

 駅の呼称として「一般駅」があり、これは旅客と貨物の両方を扱う駅であることを意味する。貨物の拠点間輸送が中心となった現在では、一般駅は少なくなり、一般駅という呼称すら一般でなくなってきたようだ。国鉄時代の旅客と貨物を一元的に経営していた時代にこそ活用された駅種別なのだろう。

東海道本線の富士駅は、旅客と貨物を扱う数少ない一般駅であり、多数走る旅客列車の合間を縫って貨物列車が入れ換え作業をしている。加えて、富士駅は特急列車の発着があり、ホーム上の売店では駅弁と駅そばの販売がされるなど、中々魅力のある駅である。

ここではワム80000が現役だった頃の富士駅と岳南電車への訪問を振り返ってみる。

品川駅から乗ってきたのは、早朝の373系9両編成の普通静岡行き。乗り得列車としてお世話になった列車である。元は上りムーンライトながらの折り返し運用であったが、ながらが臨時化されてからは、静岡から東京へ普通列車として1往復するだけの運用が細々と残っていた。JR東日本の車両がJR東海の御殿場線へ直通していた当時、乗り入れ車両の距離相殺として373系の東京口運用が残っていたと聞く。今となってはそれも無くなり、残念な限りである。


373系静岡行きが富士駅へ到着すると、直後に上り富士・はやぶさ号がやってきた。ブルトレの貫禄はひと味違う。


373系静岡行きは富士駅で暫し停車時間があったたので、373系とブルトレの並ぶ貴重なシーンが見られた。


貨物営業のある富士駅の側線にはDE10に繋がれたコンテナ車両がたむろしていた。”貨物扱いのあるところにDE10アリ”が、あまりにも当たり前であったが、最近ではこれも変わりつつある。

富士駅6番線には貨物列車が待機していて、EF66 33の牽引するコンテナ列車が発車を待っていた。

EF66 33の銘板。33号機は2018年度に引退した。33号機が昭和49年(1974年)製造とのことからすれば、同僚で現役の27号機は2022年現在で48年活躍していることになる。EF66はとても堅実に設計されているのだろう。

さて、富士駅の楽しみといえば、貨物のほかに食がある。身延線ホームの売店では富陽軒が駅弁と駅そばを販売している。ここの駅弁といえば「竹取物語」が筆頭である。ゆで落花生の混ぜ御飯と駿河湾の名産桜エビの取り合わせは抜群の相性。これを373系の車内で食べれば良き旅の思い出となること間違いなし。因みに新富士駅でも売っているので新幹線利用者はそちらで購入できる。

身延線ホームで食べられる駅そばも非常に美味しい。ここで注文するなら「かきあげ」を薦めたい。注文してから一度揚げてくれるので、アツアツのかき揚げが蕎麦に鎮座する。揚げたてのかき揚げも相まって実にうまい。

さて、一駅移動してこちらは岳南電車の始点吉原駅。乗車するのは両運転台化された単行の元京王3000系。目的地は比奈駅である。

向かいのホームには電気機関車が寝ていた。貨物列車が廃止された今となっては見られない光景である。

岳南7000型こと元京王3000系に揺られて岳南電車の旅が始まった。吉原からジヤトコ前に向かうと富士山を正面に見ることができる。貨物列車が走るせいか線路にはPC枕木が張られていた。

そしてお目当ての比奈駅へ到着。目の前に並んでいたのは大量のワム80000。これよこれ!まさに望んでいた光景が待っていた。当時少数になっていた茶ワムも入っている編成を拝めることができた。

側線にたむろしているワムハチを引き出すため、ED40の2号機がやってきた。この日は土曜日で、貨物の入換はもしかして休みではと恐れていた。機関車が動き出してくれたのでホッと一安心。

線路の継ぎ目を通過するとき、二軸貨車独特の通過音がする。ワムハチのそれはダンッダンッと等間隔に近いリズムである。ボギー台車のガタンゴトンとは全く異なる。またワムハチはガタガタとドアが軋む音なのかこれまた独特の音がする。動画の解像度が低くて見づらいのだが、継ぎ目を通過するとき、板バネがグニョっと曲がるのが面白い。

岳南富士岡駅方面へ引き出されたワム80000の貨物列車が推進運転で比奈駅構内へ戻ってくる。そして始まった突放作業。吉原方の7両が放たれ、側線をゴロゴロと転がってくる。貨車は操車係の足踏みブレーキで徐々に速度を下げていき、ピタリと車止めの直前で停まった。操車の方のブレーキコントロ-ルはまさに職人技。編成の重さや貨車毎の転がりやすさによってもブレーキの掛け具合は変わるだろう。

突放作業が一段落し、ED40 2は2両だけのワム80000を繋いだ状態で足を止めた。

入換作業は旅客列車の合間を縫って行われる。単線の路線で本線に出つつ貨車の入換をするので、かなり慌ただしい。

比奈駅の入換作業を見届けた後は、岳南鉄道を乗り潰し。お隣の岳南富士岡駅には元東急5000系が留置されていた。

終点の岳南江尾のホームにはパンジーに鮮やかに彩られた花壇があった。見事な咲きっぷりである。

吉原駅へ戻ると、ここでも入換作業が行われていた。今は無きDE10の青更新車がギュルルルっと音を立ててコキ50000を引き出していく。

最後に吉原駅の側線群を眺める。EF66 100にDE10,ワム80000、コキ50000がおり、多くの側線がある駅には貨物列車が似合う。岳南電車は使用休止状態の吉原駅側線を使って運転体験のプロジェクトを進めている。実現の暁には、是非とも現地へ行き、かつて貨車が転がっていた側線を自分の運転する電車で走ってみたいと思う。


2022年1月22日土曜日

小松川駅

[読み] こまつかわ
[路線] JR東日本 北上線
[隣駅]   黒沢(5.3km)←小松川→(2.0km)平石
kmは営業キロ
[位置] 秋田県横手市山内小松川字中田谷地(なかたやち)

北上線北部の3駅を巡る旅、最後は小松川駅への訪問となった。矢美津駅から路線バスで相野々駅そばの土淵バス停まで行き、そこから4.4kmを歩く行程を組んだ。この時履いていたのはくるぶしまで覆うハイカットのシューズ。急ぎ足で進む雪道にしては不完全な装備であった。雪が靴の中に入り、それを取り除きの繰り返しつつの行軍となり、思うようには進めない駅へのアプローチ。苦労して到着した小松川駅は雪化粧された駅が非常に美しく、静粛で3駅の訪問で最も印象に残る駅となった。

小松川駅は国道107号線から黒沢川を渡った先にある。国道は県境近くで交通量が少なく、また駅自体も国道から離れているので極めて静粛である。

矢美津駅近くの皿木から乗車したバスを土淵で下車する。乗車した皿木バス停は暗く、乗車する自分を運転士の方が見落とすのではないかと冷や冷やしていた。やってきたバスに対しスマホのライトを振り回して存在をアピールすると、幸いにもドライバー氏がそれに気づき、少し通り過ぎたところで停まってくれた。そもそも帰宅時間に横手市街から逆方向へ向かうバスに途中から乗ってくる事の方が少ないだろう。

皿木から国道107号線を徒歩で進む。その途中、先に訪問した平石駅の脇を通る。107号線の交通量は少ないとはいえ、路側帯や歩道に雪があるので、中々歩きにくい。自動車が来たら停まって避けるを繰り返しつつ、小松川駅へと歩みを進めた。初めて歩く場所でしかも暗いとくれば、実際の距離以上に遠く感じるもので、まだかまだかと思いつつ前進した。

途中小走りを含めつつ、皿木バス停からの4.4kmを51分で歩き、19:43に小松川駅へと到着した。幸いにも19:44発横手行きの発着に間に合い、撮影することが出来た。

雪のちらつく小松川駅は静粛で、僅かに川のせせらぎの音が聞こえる。線路脇の雪の量は県境に近いことを感じさせる。

小松川駅の駅名標。11月とは思えないほど雪が付着していた。

こちらが小松川駅の待合室。平石駅矢美津駅と比べると大きい。利用者はこちらの方が多かったのだろうか。

待合室入り口に掲げられた駅名標は紙印刷をイレパネに入れたもののようで、中々独特で面白い。

待合室に入るとスコップ2個、スノーダンプが備えられていて、ここも平石矢美津同様に冬への備えがしっかりと成されていた。

さらには、除雪機も置いてある。待合室内側面と背面には大きな掲示板がある。

矢美津駅と同じく、小松川駅にもトロッコの模型が展示されている。何かこの地域に因んだものなのだろうか。

小松川駅の運賃表。平石駅150円、矢美津駅210円の表記が見られるのも2022年3月ダイヤ改正まで。

駅の目の前にある踏切。到着時よりも降雪が激しくなってきた。踏切板の轍と轍の間には結構な雪が溜まってしまっている。

踏切の点滅ライトには傘が掛けてある。この傘を支えるためか、ライトの周りには4方面の支持材が備えられていた。

駅へのアプローチ道路。写真のオレンジ色は、恐らく国道107号の街灯であろう。駅は一段高いところにあり、黒沢川を渡ってから上り坂をあがると線路と駅がある。

踏切を渡ってホームの逆側から小松川駅を眺めて見る。時折降る雪の激しさが感じられる写真となった。このときカメラのレンズには水滴がついてしまい、防水機能を持たない私のカメラを扱うには一苦労であった。

20:26、乗車予定の最終北上行きがやってきた。雪でぼんやりと滲んだような前照灯の光が普段よりも広がって見えている。

最終北上行きは2両編成で、乗客は5名であった。降りる客は無く自分一人が乗車して、この駅を後にした。

小松川駅からの乗車証明書。

予定通り北上行きに乗車し、ホッとしたところで遅めの夕食をとる。この日の夕食は秋田駅で買った花善のとりめし。私の大好きな駅弁である。開封すると昔と変わらず玉子、鶏肉、炊き込み御飯が現れ、寝台特急あけぼのの車内で食べた思い出が甦る。寒いところの滞在と移動を繰り返してきたためかご飯が少し硬くなっていたが、やはり味付けは最高、特に炊き込み御飯と鶏肉の相性が抜群であった。

終点北上駅へ到着したキハ100-42。県境を越えて北上へ近づくにつれ雪が減り、北上駅では全く雪がなかった。平石駅矢美津駅、小松川駅の3駅訪問の旅が終わった。この中では小松川駅と平石駅の印象が残っていて、特に小松川駅が良かった。折りを見て今度は昼間の時間に北上線の鉄旅をしてみたいものだ。


2022年1月15日土曜日

矢美津駅

[読み] やびつ
[路線] JR東日本 北上線
[隣駅]   相野々(3.2km)←矢美津→(4.5km)横手
kmは営業キロ
[位置] 秋田県横手市山内大沢字矢櫃(やびつ)

※2022年3月12日(最終営業2021年11月30日)を以て廃止されました。


北上線矢美津駅は横手市の中心、横手駅からたった一駅にも関わらず、冬季営業休止と同線平石駅と同じく利用者の少ない駅で、2022年3月ダイヤ改正で廃止が決まってしまった。平石駅の訪問と合わせて、矢美津駅へも訪問した。先に訪問した平石駅から乗車したキハ100の横手行きで矢美津駅へと向かう。訪問したのは2019年11月のことである。

横手盆地を抜け、横手川沿いに上がり始めると矢美津駅がある。地図を見ると矢美津駅と横手駅の間には秋田県立横手青陵学院中学校・高等学校がある。この学校のそばに駅が一つでもあれば、通学生が利用できるのではないかと素人ながらに思いつく。ローカル線は高校生の利用に支えられている側面もあるからで、北上線の利用が少しでも増えてくれればと勝手な妄想を膨らませる。

平石駅から乗車した列車は相野々駅を経て矢美津駅へ到着する。乗車時間が短いとあって車両前方で待機。

矢美津駅へ到着。下車したのは自分一人で、乗車客はいなかった。

単行のキハ100横手行きは、最後の4.5kmへ向けて発車していった。峠越えをしてきた車両の後面はうっすらと雪がついていた。

矢美津駅はゆるやかな曲線上にある。線形、ホーム、待合室と平石駅と似通っていて兄弟駅のような感じすらある。ただし国道の交通量は矢美津駅の方が圧倒的に多く、静粛さでいえば平石駅に軍配が上がる。

待合室内には所狭しと除雪用具が並んでいる。駅ホームの除雪直後だったようで、除雪機が稼働した燃料の匂いがほのかに漂っていた。

待合室の一角にはトロッコの模型が置いてあった。

列車は朝晩のみの発着。日中は8時間に渡って列車が停まらない。

矢美津駅の運賃表。駅の性格からして、横手、秋田方面への利用が主と思われるが、北上線全駅の料金も示されていた。

駅名標は待合室の出入り口上に掲げられている。塗装が少し剥がれ欠けた天井の質感とむき出しの蛍光灯、そして駅名標の組合せがとても良い感じだ。

駅の出入り口近くから、横手方面を望む。真っ暗な空間に煌々と輝く駅の光が大変綺麗である。特に雪があることで駅の光が強調されているようだ。

矢美津駅の駅名板。経年が進みひび割れが走っている。

こちらは駅の出入り口。ホームへは小さな橋を介してアクセスする。

ホームの北上側先端からは、線路を跨ぐ国道107号線が見える。帰宅時間のためか、車が頻繁に通っていた。

駅の裏手には民家がある。周辺人口は比較的ありそうなものだが、駅の利用者は少ない。基本的に自動車移動なのだろう。

矢美津駅を後にして近くの皿木バス停から路線バスに乗る。羽後交通山内線で相野々駅近くの土淵バス停まで行き、そこから徒歩で小松川駅を目指す。


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