2016年6月18日土曜日

雄信内駅

昔ながらの木造駅舎が残る雄信内駅。抜海駅と並んで宗谷本線随一の旅情を誘う駅である。

この駅を訪問することが出来たのは、全くの偶然であった。その日宗谷本線のダイヤが乱れいたせいで、この雄信内駅で列車交換のため12分間の停車時間が設けられたのだ。予期せず舞い込んだ貴重な時間をフル活用し、駅の見学にいそしんだ。

静かな駅にキハ54のエンジン音だけがこだまする。
静けさと雪のマッチングは北の駅しか醸し出せない”良き寂しさ”だと思う。

雄信内駅の位置は国道や雄信内(おのぶない)の中心から離れている。
それだけに、とてもひっそりとした環境にある。

 
厳しい冷え込みの中、白熱灯の光が暖かく旅行者を迎える。
JR北海道の発表によれば、雄信内駅の利用者は日平均で一人以下とのこと。
それでも駅の雪かきはしっかりとなされ、利用客を迎えていた。 

薄暮、白熱灯、木造駅舎と何とも郷愁を誘う光景だ。

 
こちらは駅前の様子。家屋はあるが、人の気配は全くない。
ナトリウム街灯が駅の存在を示すかのように交差点を照らす。

 
広い待合室には除雪機が置かれていた。
掲示板の下には駅ノートがある。

 線路側から見た駅舎。
筆文字で縦書きの駅名板が風格を漂わせている。
 この駅舎は開業時の大正十四年に建てられたそうだ。

 
交換駅として今も重要な機能を持つ。
昔はタブレット交換が行われていたはずである。

 
冬期の訪問は僅かな時間がなかったため、夏期に改めて再訪してみた。
雪がなくなると随分と雰囲気が変わる。
この駅に来るために、隣の糠南駅からはるばる国道を経由して自力でやってきた。
汗だくになって、たどり着いたときには何とも言えない達成感に包まれた。
 
 
風雪に耐えかね、倒壊してしまったのだろうか。
建物の残骸が横たわる。

 
 駅周辺はひっそりとしている。
閉まったままの商店が寂しい。
華やかなりし頃、駅の利用客がここへ立ち寄って買い物をしたことだろう。

周囲の人口が減っても、駅は孤塁を守る。

 
 待合室には木製の長椅子が現役で使われている。
兄弟駅ともいえる抜海駅の椅子は樹脂タイプなので、
待合室内の雰囲気は雄信内駅に軍配があがる。

  
経年のためだろうか、ホーム側のモルタルにはヒビ割れが走っていた。

 ただいまの行事という黒板が顔をのぞかせている。
何に使われたのか気になるものである。

 
冬に置いてあった除雪機がなくなり、ガランとした待合室。
木製のベンチに座り、たくさんの書き込みのある駅ノートを
見ているだけで、あっという間に時間が過ぎて行く。

 
線路のところだけ僅かにデッキがある構内踏切。
冬期に来たときは、雪のためにデッキが見えずらく、
どこを渡って良いのか少々迷った。

 
「本線」と名のつく路線だけあって、構内は広い。
昔は雑多な貨車が連なった貨物列車や
C55牽引の客車列車がこの駅で交換していたのだろう。

 
一番線の傾いた駅名板の裏には貨物側線が残っている。
現在も保線車両の留置などに使われているようだ。

 
一番線より構内を見る。
駅周辺は緑に覆われ、人工物らしきものが見当たらない。 
本当に落ち着く駅だ。

やがて下り稚内駅行きが定刻通りにやってきた。
しずしずとホームへ近づいてくる。

 
この列車に乗り、雄信内駅を後にした。
 雄信内駅の駅舎にはいつまでも現役で居てほしいと思う。
2025年には開業100周年を迎えるので、そのときにまた行ってみようか。
宗谷本線の魅力に負けて、それより前に来るのか、
いずれにせよまた再訪したくなる駅である。
  



2016年6月11日土曜日

北剣淵駅

宗谷本線北剣淵駅は剣淵駅と士別駅の間にある無人駅である。名寄以南に位置することもあり、列車の通過本数は多い一方で、周辺に人家が少ないせいか停車する普通列車は僅かしかない。鉄道防雪林に囲まれる環境の中に、板張りのホームと風情のある木造待合室が佇んでおり、その旅情ある雰囲気は旅人の訪問を待ち構えているかのようである。

士別駅から宗谷バスを利用しバス停難波田橋で降り、駅へ向けて歩みを進めると、路上で地元の方と出会った。話を聞くと、昔は毎日二、三十人の学生がこの駅を利用していたのだそうだ。現在は名寄の病院へ通院する人が利用しているとのこと。この駅は地域の住民の移動拠点として、今日もその重要な役目を担っている。

2021年3月13日を以て廃止されました。  


防雪林に囲まれた北剣淵駅。
静かな雰囲気が写真からも伝わってくる。 



北剣淵駅の位置図。
このあたりは、ほぼ直線なので通過列車は高速で通過する。
キハ40の列車でも通過の場合は、時速90キロ程度を出していることが多い。


 
踏切より旭川方を見る。
この辺りの線形は良く、通過列車は高速で走行する。

 
駅への入り口。
幅広く雪かきがなされているので、とても利用しやすい。 
手前の道路はそこそこ車が通る。

 
 風情のある待合室が佇む。
雪かきや待合室の修繕は地元の方々の手により行われてきたのだそうだ。

 
待ち時間の寒さを軽減するための配慮だろうか、
待合室には毛布などがある。


 
待合室の天井を支える立派なはり。
今日も雪の重みをしっかりと支えていた。

 
待合室内は清掃が行き届いていて過ごしやすい。
何故か電話台のようなものがある。

 
板張りホームへはスロープではなく、階段で上がる。

ホームに上がり、名寄方を見る。
板張りのホーム上を歩く感覚は実に心地よい。

 
キハ40二連の旭川行き普通列車がやってきた。

 
 良い駅を訪問出来た満足感に浸り、
この列車に乗って北剣淵駅を後にする。
またいつか再訪したいと思う。

 
列車の名寄方にはキハ40の一次型が連結されていた。
車内の化粧板がピンク色なのですぐに判別できる。

 
扇風機、ボックス青シート、ピンク色化粧板と
私にとって最高の取り合わせの車内環境である。

乗車したのはキハ40 828であった。

 
こちらは北剣淵駅に最も近い道北バスのバス停難波田橋。
道道536号線上にある。
列車の停車本数は少ないので、片道は路線バスを利用した。
バス停から北剣淵駅まで徒歩20分ほど。





2016年6月3日金曜日

南部縦貫鉄道の思い出

青森県の野辺地と七戸を結んでいた南部縦貫鉄道。これに一往復乗車したときの記録です。

景色もさることながら、レールバスの車内の記憶が強烈に残っています。運転士氏はクラッチ操作をしながら、ギアの進段をして速度を上げていました。また、列車が踏切を通過するときは「ゴー」という音がしていたこと、曲線部分では線路が完全になめらかに曲げられておらず、車体を大きく横に揺らしながら走っていたこと、汽笛が昔のバスのような音だったこと、など他では見られない特徴があったと記憶しています。

乗車当時は経営が厳しかったようですが、列車はワンマン運行ではなく、車掌が乗務して運行をしていました。

当時の乗車記録をここに記したいと思います。


 
出発は七戸駅。
JRのホームから数本の側線を挟んで、
南部縦貫鉄道のホームがありました。

 
乗り換え時の跨線橋から見た南部縦貫鉄道キハ102。
こんな愛らしい車両が停まっていたら、胸躍ります。

 
南部縦貫鉄道の駅舎は何故か「のへぢ駅」となっていました。

 
キハ102は全長10m強とバス的な車体サイズです。
レールバスとは絶妙な呼称でした。
今やレールバスという言葉自体が死語になりつつあります。

 
終着の七戸に到着した、キハ102。
キハ10型の2号機ということだったようです。
この当時は既に途中駅での交換設備は撤去?され、
一両の車両が行ったり来たりするスタフ閉塞状態
であったと記憶しています。


 
七戸駅の発車時刻表です。
列車本数は一日5往復。
野辺地で東北本線の列車と概ね接続していたようです。


 
キハ102の運転席です。
写真中央最下部に見える黒く丸いものが、シフトレバーだったと思います。ローギアは、発車時のほんの一瞬だけで、すぐにセカンドへ入れていました。

 
上り野辺地行きには、地元の学生とおばさんが乗車していました。シートはビニール製でした。

 
車庫にはキハ101と国鉄から来たキハ11(南部縦貫鉄道ではキハ104)、さらにディーゼル機関車が一両休んでいました。キハ11はレールバスと比較すると大型であり、ラッシュ時にはその収容力が威力を発揮したようです。私が乗車した時点では、基本的にキハ101と102だけで運用をまわしていました。最後のさよなら運転のときには、キハ11もその本領を発揮していたようです。

 
午後の七戸駅にたたずむキハ102。
なんとも落ち着く外観です。


 
15:45の発車まで七戸駅のホームに佇む野辺地行き。 午後の日差しを穏やかに受け止めます。優しいマスクに落ち着きのあるカラーリングがまた素晴らしいと思います。


ーーー

おまけ

 
南部縦貫鉄道に訪問の際、「はくつる81号」を利用しました。憧れの583系に乗ることが出来てとても嬉しかったことを記憶しています。下段寝台は広くて快適でした。この列車はサハネの増結編成を含む12両編成での運転であったと記憶しています。

 
583系には青森という表示がとても似合う気がします。
翌朝、目が覚めたときには浅虫温泉のあたりを高速で走行していました。

 
こちらは野辺地駅で見た50系客車です。

 
こちらは花輪線のキハ52。
この写真は十和田南駅であったような気がします。

 
南部縦貫鉄道に乗車した後は、50系の普通列車に揺られて
盛岡まで行きました。途中の長時間停車時に撮った写真です。

 
50系のデッキから眺めた小鳥谷駅。
今はIGRいわて銀河鉄道の駅となりました。

 
三沢の淋代海岸へも行ってみました。
しばらくボーッとして、ここに来られたことに満足しました。


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