2019年3月23日土曜日

音威子府駅

音威子府駅は宗谷本線と天北線の結節点として、かつては鉄道の要衝であった。今も音威子府村の中心駅としてすべての特急列車が停車し、普通列車は長時間停車するものもある。音威子府駅にはここにしかない独特の有名駅そばがあり宗谷本線の魅力を増している。宗谷本線の鈍行列車に乗り、駅そばを楽しみにやってきた。




音威子府は旭川から北に130km弱。そばで有名なほか、クロスカントリースキーの大会が開催される地である。


名寄から乗ってきた普通列車が音威子府駅へと到着した。この列車は音威子府で少々の停車時間がある。この時間に、かの有名駅そばを堪能する予定でやってきた。駅そばは短時間で準備が出来、またお客さんの食べる時間も短い。少々の時間でささっと食べられる、駅との相性抜群のファストフードである。

駅そばコーナーは駅舎の一角にある。有名なそばとあって、おみやげのそばも売っている。


オーダーしたのは、天玉そば520円也。最大の特徴である黒い麺の色は、蕎麦の実の殻が含まれているからだそうで、通常のそばと比較して風味や栄養成分が異なる。さすが有名そばだけあって非常にうまい。中には2杯食べる客もいるようで、それも納得の味である。

列車からのお客さんが続々と蕎麦をオーダーする。
音威子府駅へ来れば、考えることは同じようだ。

音威子府駅には廃止された天北線の資料館がある。中央の模型は昔の音威子府駅を再現していて興味深い。多数の側線、ターンテーブルなどジャンクション駅であったことが良くわかる。

音威子府駅で長時間停車するダイヤは昔から続いていて、キハ54がここで休む姿はお馴染みの光景である。とは言いつつも普通列車の減便がされてからは長時間停車どころか、そもそもここを通過する普通列車が減ってしまい、停車時間中にそばを食べることが困難になってしまった。

音威子府で普通列車と交換待ちをしていたのは、稚内からやってきたDE15型ラッセル車。宗谷本線は日中にラッセル車が走ることで有名である。

発車を待つ稚内行きキハ54を跨線橋から眺めてみる。駅構内はきれいに除雪がされていた。蕎麦を堪能した後、またキハ54に乗り込み、目的地の糠南駅を目指した。


こちらは夏の音威子府駅の姿。やはりキハ54は1番線に停車している。1番線はホームが短く普通列車専用として使われているようだ。

特急サロベツを待つ乗客が3番線に集まる。

やってきたのは、今は無きキハ183スラントノーズ車を先頭にした特急サロベツ。列車は大盛況でほぼ満席であった。

2019年3月の時点で、駅そば屋さんは休業中のようである。(→2019年4月25日に営業を再開!)いずれ営業が再開されることを願い、また再開されれば、音威子府のそばと剣淵のカレーを含めた宗谷本線の鉄旅を計画したいと思う。

2019年3月18日月曜日

寝台特急「サンライズ瀬戸」ノビノビ座席乗車記

寝台特急サンライズ出雲号、同瀬戸号には個室寝台とは別に、ノビノビ座席と称される寝台料金不要の指定席がある。フェリーの雑魚寝スペースとは異なり、窓際には仕切りがあり、隣と顔合わせにならない構造となっている。完全に横になれて、しかも寝台料金不要という夜行バス顔負けのゴロ寝座席とあって人気は高い。今回はサンライズ瀬戸号のノビノビ座席を、東京駅から香川県の坂出駅まで利用してみた。

この日のサンライズ瀬戸号の乗車率は寝台、ノビノビ合わせて30%程度で、閑散としていた。これまでの乗車では、満席かほぼ満席状態であったので、この利用状況には驚いた。閑散期ということもあったのだろう。車掌さんに聞いてみると、「これほど空いているのは初めてです」と仰っていた。混雑時には車内のシャワー券が売り切れてしまうので、それを予想して予め銭湯に入ってきたのだが、この日は拍子抜けするほど空いていた。


東京駅9番線に入線したサンライズ瀬戸・出雲号の14両編成。落ち着いたカラーリングや独特の窓配置が織りなす雰囲気は、通勤電車と一線を画している。

ホームからは木目調の個室の様子が目に入る。帰宅客で雑踏するホームとは全く異質の時間が流れているように見える。疲れた仕事帰りにこれを見れば、「この列車に飛び乗って旅に出てしまいたい」、「いつかこの列車で旅に出たい」、そんな気にさせられる。


22時前にも関わらず、東京駅9・10番線ホームには多くの帰宅客が行き交う。お隣の10番線には上野東京ラインの列車がひっきりなしに発着している。上野東京ラインが完成してから東北、高崎、常磐の3系統の列車が来るようになり、東京駅の東海道線ホームは発着本数が大幅に増えた。平日21時台に東京駅を発車する東海道本線下り列車は実に15本、単純計算で4分に1本の列車が発着していることになる。

今宵の宿はサンライズ瀬戸号。

乗車するノビノビ座席は5号車である。指定席として示されているのがノビノビ座席であり、寝台との区別がつけられている。

5号車は車両中央部のすべての区画がノビノビ座席となっていて、やや小さい窓が特徴である。


9番線にはサンライズの乗車口がワイヤードボードに示されている。以前は9番線の案内に「岡山・出雲市・高松方面」と示されていたのだが、この表示は無くなってしまったようだ。


今宵の宿へと入る

こちら5号車ノビノビ座席の様子。山側に通路があり、海側に計28席のノビノビ座席が配されている。

A・B席は下段、C・D席は上段という区分となっている。私の区画は上段の端となる1C席である。上段は下段と比較して解放感があり、下段より好みである。

隣の区画とは仕切り板があり、海側に頭を向けて寝れば、寝返りをうっても隣の人と顔を合わすようなことはない。コップや読書灯が備えられている。

各区画にはエアコンの吹き出し口まで備えてある。昔の開放式寝台では寝台毎にエアコンの調整が出来なかったこともあり、冬期に上段へ乗ると暑すぎると感じることもあった。サンライズは区画毎に吹出し量を調整できるので、この点はとてもありがたい。

車内は至って静粛であった。
ホームの雑踏とは対照的である。

各座席の区画にコンセントは無く、通路に一つある。ノビノビシート利用者はこの共用コンセント一個を使うしかない。共用1口とあってか、分岐タップを使い占有を避けながらの利用を見たことがある。

5号車の目の前にはNewDaysがあり、夜食の調達が容易である。


(動画10:00)
0:17 東京駅発車         
0:55 ひかり号名古屋行きとの併走 
1:35 案内放送開始        
4:14 英語案内放送開始      
5:32 英語案内放送終了      
7:39 品川駅通過         
8:05 ひかり号名古屋行きに追いつく
9:54 大井町駅通過        
サンライズ瀬戸・出雲号は22時東京駅を定刻通りに発車した。同時に発車したひかり号が先行しつつも、品川駅を通過するサンライズ号が品川駅通過時に追いつく。その後大井町駅付近までの走行車窓。


サンライズ瀬戸・出雲号は東海道、山陽道を駆け抜け、定刻通りに岡山駅へ到着した。熱海駅を出てから岡山駅到着直前までぐっすりと寝られた。やはり完全に横になれるというのは大きな利点である。床が多少硬いので、気になる人はコンパクトなエアマットなどを持って行くと良いだろう。

岡山駅では相方のサンライズ出雲との分割作業がある。サンライズ乗車の一大イベントとして多くの乗客が見守る。

サンライズ瀬戸の5号車の前には売店がある。ここで朝食を調達することが可能である。

岡山駅から7両編成になったサンライズ瀬戸号は宇野線、瀬戸大橋線を通って四国へ向かう。瀬戸大橋線では朝の瀬戸内海を眺めることが出来る。サンライズ瀬戸号のハイライトだ。

児島駅~瀬戸大橋車窓動画(6:29)
3:03~瀬戸大橋区間
本州側最後の駅、児島駅を出ると瀬戸大橋区間に入る。風光明媚な瀬戸内海の車窓は素晴らしい。瀬戸大橋区間は鉄橋走行らしい走行音が聞こえる。

石油基地や火力発電所が見えてくると、そこは四国である。

終点の高松までは乗車せず、特急列車への乗り換えのために坂出駅で下車した。サンライズ瀬戸号から四国の特急列車への乗換えに乗継ぎ割引が適用されるので、サンライズ瀬戸の切符購入と同時に乗り継ぎ列車の切符を購入するとおトクである。乗換列車の特急料金が半額となる。

一晩お世話になったサンライズ瀬戸号が高松へと発車していった。サンライズ号の旅はすこぶる快適である。これからもどんどん利用したいと思う。




2019年3月9日土曜日

国縫駅

函館本線 国縫(くんぬい)駅には朱色の屋根を構えた木造駅舎が残っている。この駅を起点とする瀬棚線が運行されていた頃は、ジャンクション駅として急行「せたな」がこの駅で増解結をしていたこともあったようだ。その時代の面影を残すかのように、大きな駅舎と2面3線の配線が現役である。

国縫駅の近くには国縫漁港がある。この漁港は非常に特徴的な形状をしていて興味深い。国縫駅の訪問に際して国縫漁港へも行ってみた。

先に訪問した「山崎駅」から路線バスに乗り、国縫駅までやってきた。バス後面には東京-成田空港の宣伝があり、なぜ函館バスにこのラッピングがあるのか不思議であった。これは、バニラエアが函館空港~成田空港を就航しており、函館~東京間を安く移動する手段としてのアピールなのだろうと思う。

駅訪問の前に向かったのは国縫漁港。

漁港は陸地と少し離れていて、橋を渡ってアプローチする。方円の陣とも呼べるような円形形状をした珍しい港である。

橋から眺めると、このあたりの海岸は砂浜が広く、非常に遠浅であることがわかる。そのために漁港を多少沖合に作る必要があったのだろう。

漁港の中は円形の突堤に囲まれ、非常に穏やか。突堤やテトラポットにはたくさんの釣り人がいて、釣りを楽しんでいた。聞いてみると、カレイが釣れるのだという。

漁港を後にして、目的の国縫駅へとやってきた。正面に見えるのがその駅舎である。

国縫駅は立派な木造駅舎が現役であった。ジャンクション駅として、多数の駅員氏達がここで従事していたのだろう。

駅舎には木製の駅名板が掲げられている。時代を感じさせるかのように文字がかすれていた。

これは建物財産票なのだろうかと近づいてみた。表記は消えてしまったのか、何もなく気になるものである。

待合室のスペースは広く、多数のプラベンチが並んでいる。

窓口の後は塞がれ、掲示物が貼られていた。中央の柱は暖房と煙突を兼ねたものなのだろうか。

荷受け台には駅ノートがあった。旅行者の書き込みは少なく、地元の高校生の書き込みが最新のものであった。

wikiによれば、1992年まで簡易委託として窓口が営業していたとのこと。

ホームへ出てみる。駅舎の出入り口付近の屋根上には雪止めが備えられている。朱色に塗られたの屋根は古めかしい駅舎と、とてもマッチしていた。

私が乗車するのは、下りの長万部行き。ということで、跨線橋を渡って2番線へと向かう。

この跨線橋は骨董品のごとく素晴らしく、階段部分も窓枠も木製である。これほどまでに古めかしい跨線橋は少ないと思う。

木製窓枠は隙間風が入りやすいのだろうが、プラ板のようなものを貼り付けることで、隙間風が防がれていた。

渡り部分の床、屋根は木製。壁の木製柱と外のレール鉄骨は特徴的な留め具で固定されている。

跨線橋を渡り2番・3番線へと降りる。
跨線橋は古レールで構成されていた。

瀬棚線が発着していたという3番ホームから函館側を望む。瀬棚行き列車は、こちらへ函館向きに出発していた。3番線は現在もレールが光っており、信号も点灯していて、現在も待避などに使われてるようだ。

こちらは長万部方の風景。
貨物列車や特急列車の待避があるためか、構内は広い。

目的の普通列車を待つ間に、
キハ261系上りスーパー北斗が通過していった。

程なくして、乗車する長万部行き普通列車がやってきた。

長万部行きキハ40 1806は私一人を拾い、国縫駅を後にした。

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